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★さだまさしさんの略歴

さだまさしさんの略歴 



さだまさしは長崎市で佐田家の長男として生まれる。

佐田家は元々島根県三隅町(現浜田市)の大地主の家系である。
その次男坊だったさだまさしの祖父・繁治は中国大陸で諜報活動に従事したのち
商工省の大臣秘書官を務めた経歴の持ち主であり、

その繁治と結婚したさだまさしの祖母もまた
ウラジオストックで料亭を営んでいたという
当時の日本人女性としては異色の存在である。


さだまさしの父・雅人は第二次世界大戦終戦後、
長崎出身の戦友とともに復員し、そのまま長崎に住み着いた。

その後、戦友の妹・喜代子と結婚し、
雅志=さだまさし・繁理(さだ企画社長)・玲子の三人の子をもうけている。
雅志の幼少時は、父・雅人は材木商を営み、
自宅は庭に小山があるような豪邸だったという。

さだまさしは3歳よりヴァイオリンを習い始め、
毎日学生音楽コンクール西部地区大会で入賞するなどの上達ぶりを見せる。

一方、さだまさしの父は事業に失敗し、一家は豪邸を失い小さな長屋住まいとなる。


さだまさしは小学校卒業後、ヴァイオリン修行のため単身上京。

以後、葛飾区や千葉県市川市で一人暮らしを続けることになる。
中学生時代に加山雄三やサイモン&ガーファンクルに影響され、
ギターを奏でながら歌を作るようになる。
その一方東京藝術大学付属高校
(実際は東京都立駒場高等学校芸術科
(現在の東京都立芸術高等学校)に志望校を変更)の受験に失敗し、
以来ヴァイオリンへの熱意を失う。


さだまさしは國學院大学中退後、
数々のアルバイトをしながらの生活を送るも、
やがて肝炎を患ったことをきっかけに長崎に帰郷。
1972年、高校時代からの友人吉田政美とバンド「グレープ」を結成し、
音楽活動を開始。

やがて音楽プロデューサー川又明博によってスカウトされ、
1973年には「雪の朝」でワーナー・パイオニア
(現ワーナーミュージック・ジャパン)より全国デビューした。

1974年発表の「精霊流し」が大ヒット。
さだまさしは日本レコード大賞作詞賞受賞。

1976年4月、グレープを解散。
さだまさしは同年10月よりソロ活動を始め、
1977年にシングル「雨やどり」がヒット。

1979年には「関白宣言」が150万枚を超える大ヒットとなった。
他にも「案山子」「道化師のソネット」「天までとどけ」「防人の詩」
「親父の一番長い日」「驛舎」など、数々のヒット曲を放つ。

1980年、映画「翔べイカロスの翼」(主題歌は「道化師のソネット」。
共演は原田美枝子)にサーカス団のピエロの青年役として
さだまさし主演、音楽も担当。

一方、翌81年にかけ、
中国大陸を流れる大河を舞台にしたドキュメント映画『長江』
(主題歌は「生々流転」)をさだまさし制作(81年11月公開)。
しかし、興業収入もそれなりにあったものの、
それ以上に制作費をかけすぎてしまったため、約30億円もの負債が残った。
さだまさしは、以後、借金返済のため年間100回以上、
多い年には年約180回ものコンサートを行なうようになる。

また、さだまさしはこの頃から大ヒットの反動から
「暗い」「右翼」「左翼」「軟弱」「女性蔑視」など
様々なバッシングを受けることになる。

1981年、フジテレビ系ドラマ「北の国から」の音楽を担当。
歌詞の無い主題歌は有名曲となる。

1985年、さだまさしソロ・コンサート通算1000回を達成。

1987年8月、故郷長崎市で「長崎から広島に向って歌う」
平和コンサート「夏 長崎から」を開催。
以後毎年8月6日に長崎でコンサートを行っており、
全国からファンが集まる長崎市の夏の一大イベントとなっているが、
2006年の第20回をもって終了と発表された。

1993年、さだまさしソロ・コンサート通算2000回を達成。

1995年、長崎市に平和祈念のミュージアムを作る
「ナガサキピーススフィア貝の火運動」を開始
(2003年4月に「ナガサキピースミュージアム」開館)。

1996年、長崎県県民栄誉賞を受賞。

2000年、4月1日、福岡ダイエーホークス開幕戦にて君が代を斉唱。
ロンドン・ロイヤルアルバートホールにてコンサートを行う
(日本人男性歌手では初)。

2001年、9月、小説「精霊流し」を発表。
後にNHKでTVドラマ化され、さらに映画化もされた。

さだまさしは児童書「おばあちゃんのおにぎり」発刊。
2002年にひろすけ童話賞を受賞する。

2002年3月21日、さだまさしソロ・コンサート通算3000回という前人未到の偉業を達成。

9〜12月、さだまさしデビュー30周年記念コンサート・ツアー
「MOON-BOW at THE 30th」を東京・名古屋・大阪にて各8夜構成で開催。
曲目、バンド編成が日替わりのスペシャルコンサート。

12月、小説集『解夏(げげ)』発表。
2004年に映画化、フジテレビ月9枠でドラマ化(『愛し君へ』)。

2004年、長崎市栄誉市民となる(生前に贈られるのは初めて)。

NHKが行った「紅白歌合戦」出場歌手に関する世論調査で15位にランクイン。
現在でも多くの人から根強い支持を受けていることを証明した。

12月、長編小説『眉山』発表。

2005年、8月17日W杯サッカー「日本対イラン」の試合にて君が代を独唱。

9月6・7日、「ソロ通算3333回記念コンサート」を日本武道館にて二日間開催。

同7日に32作目のオリジナルアルバム「とこしへ」発売。
さだまさし『MOTTAINAI』発表。
10月、サッポロビール「冬物語」で初のパッケージデザイン。

2005年、紅白歌合戦の為に行われたスキウタのトップ100位の中に
『関白宣言』がノミネートされ、今なおその人気が高いことを証明した。

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